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日本三景巡り 京都府・天橋立

京都丹後鉄道で天橋立にやってきました。これは10年以上前の出来事。10年もブログ記事を書かず放置してしまった。

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天橋立駅

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智恩寺

智恩寺文殊堂です。「日本三文殊」の一つ。文殊菩薩は知恵を授かる菩薩様で、受験生にとってはありがたい存在です。「三人寄れば文殊の知恵」という言葉で有名ですね。

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智恩寺多宝塔です。室町時代のもの。

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山門・黄金閣です。江戸時代に築かれました。

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智恵の輪 灯籠です。

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天橋立

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日本海の宮津湾にある「天橋立」は、宮城県の「松島」・広島県の「宮島」とともに、日本三景の一つとなっています。

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松並木は約5000あるそうです。有名な雪舟の「天橋立図」でも描かれているように、古くから松並木が安定して存在していたようですね。まさに「白砂青松」の言葉、そのままですね。

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なんと海水浴もできる!

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全長約3.6kmで、歩くと約50分かかります。今なら絶対渡り切りますが、10年前は今より体力はあっても根性が無かった。途中で引き返しました。

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岩見重太郎仇討ちの場です。伝説の剣豪・岩見重太郎が、父の仇として広瀬軍蔵、鳴尾権三、大川八左衛門の三人の仇討ちをしたと伝えられている場所です。

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磯清水です。辺りを海に囲まれていながら、少しも塩味を含んでいない不思議な湧水。

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与謝野寛・晶子ご夫妻歌碑です。天橋立は芸術家のインスピレーションを引き出すようで、前述の雪舟だけでなく多くの芸術家が訪れ、題材として取り入れています。

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一番有名なのは小式部内侍(和泉式部の娘)が詠んだ「大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立」でしょうかね。

 

天橋立ビューランド

上っていきましょう!文珠山の山上で、天橋立を南側から一望できます。

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天橋立が海面上に現れはじめたのは今から約2200年前のこと。宮津湾の海流と阿蘇海の海流がぶつかり、砂が徐々に堆積したことによって砂州(さす)が形成されました。それが天橋立です。ちなみに天橋立の右側が宮津湾で、左側が阿蘇海です。

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室町将軍・足利義満はこの絶景にハマり、生涯6度もこの地を訪れたようです。

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これが天橋立名物「股のぞき」です。

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天橋立に背を向けて立ち、腰を曲げて股の間から景色を眺めること。直立時に見られる空と海の景色が逆になり、海が空のように見えて天橋立が天にかかる橋のように見えるのです。

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宮津市広報写真より

明治の終わりごろから流行りだしたとか。舞妓さんや芸妓さんたちもやってますね。ここから「股のぞき」した時の眺めは、天橋立が天に舞う龍のように見えることから「飛龍観」とも呼ばれています。

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