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飛鳥巡り②【石舞台古墳、高松塚古墳など】

秋の飛鳥巡りをしていきます。

石舞台古墳

結構な観光地ですね。

石舞台古墳は古墳時代後期の古墳です。

ここから入場していきます。

 

巨大な石を用いた横穴式石室が露出しています。

蘇我馬子の墓という説が有力。

 

石室の中にも入れます。

 

 

 

 

 

日本のストーンヘンジか?

 

川原寺跡

かつては飛鳥を代表する大寺院があったそうです。

室町時代末期に焼失。そのまま廃寺となったそうです。

 

 

 

 

橘寺

聖徳太子誕生の地といわれ、太子建立の7カ寺の一つです。

現在は江戸時代に再建されたわずかな諸堂を残すのみです。

 

 

天武天皇・持統天皇陵

天武天皇は壬申の乱に勝ち、武力で天下取りをした天皇です。

この天下どりは神武東征と重なるイメージ。実質的な初代天皇とも取れるかも。

持統天皇は天武天皇の皇后で、天武の志を継ぎました。

それぞれ日本の国父、国母と言える存在です。

 

 

 

高松塚古墳

藤原京期(694年~710年)の古墳です。

歴史の教科書にも必ず出てくる有名な古墳です。

1972年に調査が行われ、関西大学の網干助教授と考古学研究室の学生たちがほぼノーギャラで発掘作業に従事しました。その結果、石室内部から漆喰下地の極彩色の壁画が発見されました。

1300年もの間、誰の目にも触れていない壁画はまさに「世紀の発見」と呼べるものでした。

当初は一般公開され、飛鳥の村を長蛇の列が出来たほどでした。その後、壁画の退色・劣化を防ぐため封印されたのですが、今世紀に入ってからの調査で、カビによる劣化が進行していることが発覚しました。

壁画は石室ごと解体され、修復作業を行うことになりました。もろい凝灰岩の石室を破損しないよう、専用の機械で慎重に解体され、運び出されました。2007年のことでした。

その後、12年もの歳月をかけてカビの除去と修復が行われました。修復完了は2020年。

修復を終えた本物の壁画は、飛鳥にある「国宝高松塚古墳壁画修理作業室」で年4回一般公開されています。ガラス越しですが、本物を見ることができます。(ただし石は横たわった状態)

 

壁画のレプリカは古墳のそばの壁画館に飾られています。

壁画の発見からまもなく、平山郁夫ら日本画家によって壁画の模写が行われました。写真では写し取れない「生の質感」を残すためのものでした。

この壁画館では、その時の模写の、そのまた模写が展示されています。

また、より本物っぽいものを見たい場合は、大阪府吹田市の「関西大学博物館」で「高松塚古墳再現展示室」が公開されていますので、それを見に行くのもよいかもしれません。

 

駅前まで戻ってきました。

飛鳥の女性たちのバス。694の数字は、奇しくも持統天皇の藤原京遷都の年ですね。

最後に橿原神宮を参拝してみたいと思います。

 

 

橿原神宮

初代天皇である神武天皇と皇后の媛蹈鞴五十鈴媛命を祀ります。

創建は近代。1890年に神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされるこの地に、明治天皇によって創建されました。

表参道。

紀元前660年2月11日に、神武天皇はこの地で即位したとされます。

深田池です。

南神門です。

畝傍山が見えます。

外拝殿です。

 

巨大ネズミを発見。

外拝殿から内拝殿をのぞみます。

 

さざれ石です。

国歌「君が代」にも歌われます。

北参道をいきます。

散策中に空母瑞鶴の碑を発見!

海軍甲飛十三期生殉国の碑です。

航空母艦瑞鶴の碑です。瑞鶴は帝国海軍の最新鋭空母として、初陣の真珠湾以来、激闘を続けました。

幸運艦と言われ、就役以来三年もの間、一発も被弾しませんでしたが、1944年10月エンガノ岬沖海戦で沈んでしまいました。

 

沈没する寸前の空母瑞鶴。

 

 

神武天皇陵

今回の旅行の最後の参拝地です。初代天皇・神武天皇の御陵へ。

幕末に神武天皇陵に指定されました。

 

 

 

 

 

 

近鉄畝傍御陵前駅から東京に帰還します。

帰りは近鉄特急しまかぜに乗れました。

 

椅子がゆったり、ふわふわで快適。

記念乗車証!

 

 

 

 

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