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福岡市 国宝・漢委奴国王金印めぐり

福岡県内を観光しています。

福岡市博物館

何と言っても、この博物館には国宝・金印があります。

 

 

 

早速入館してみます。

金印は江戸時代、博多湾に浮かぶ志賀島(しかのしま)で農作業中に偶然発見されました。その後、筑前藩主である黒田家に代々伝わり、1978年に福岡市に寄贈されました。

 金印に刻まれた「漢委奴国王」の五つ文字からは、漢の皇帝が委奴国王に与えた印であることが分かります。中国の歴史書『後漢書』には57年に、光武帝が倭奴国王に「印綬」を与えたことが書かれており、この「印」が志賀島で見つかった金印と考えられるています。

 

 

金印が志賀島で発見された時の、福岡藩への口上書です。発見した百姓は甚兵衛という人物で、この人名がその昔早稲田大学の日本史の入試問題に出題されたとかいう話を聞いたことがあります。

 

福岡平野の古代国家の模型です。集落と甕棺墓を埋葬したところですね。

 

 

 

 

これはずいぶん時代が後になりますが、遣唐使船ですね。

 

博多といえば祇園山笠祭りです。

 

 

 

 


この金印はレプリカで、売店で購入できます。

かなり精緻なもののようです。

よくみると蛇の顔してますね。

実は私は、この金印は江戸時代の贋作(ニセモノ)じゃないかとずっと疑っていました。

1700年以上過ぎて、見つかるはずがない、と。(贋作説は発見当初から根強くあった)

 

しかし長年の猜疑も、博物館の説明を見て、氷解しました。 1957年にシナ大陸で、同じ蛇型金印が発見され、贋作論争に終止符が打たれたそうで、ホンモノに間違いないようです。己れの不明を恥じるだけです。

 

 

歴史巡りということで、志賀島(しかのしま)を訪問してみました。

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海の中道上空からの画像。Wikipediaの画像引用しました。

志賀島は、福岡県福岡市に所属する島?です。実は完全な島でなく、「海の中道」という砂洲で本土と陸続きになっています。

砂洲とは、細長い砂の堆積構造のことです。天橋立をイメージするとわかりやすいかも。

 

というわけで、陸続きの志賀島へは西鉄バスや、JR線などで行けてしまいます。

今回はJR線を利用してみました。

博多から鹿児島本線で香椎駅まで、香椎で香椎線に乗り換え、西戸崎(さいとざき)駅まで行きます。香椎駅にて香椎線出発です。

 

JR西戸崎(さいとざき)駅

西戸崎(さいとざき)駅です。ここから西鉄バスに乗り換え金印公園を目指します。西戸崎からは西鉄バスで金印塚バス停まで15分くらいです。

ちょっと寂しい駅付近。乗客はみんなひとつ前の海の中道駅で降りてしまいました。海浜公園やら海水浴場やらレジャースポットがいっぱいあるところですからね。

 

金印海道という海岸沿いの道を走って行きます。志賀島付近のめちゃ狭い道!海が両側から迫る!

 

金印塚バス停です。

 

金印公園

で、ここが志賀島の金印公園です。このためだけに来た。

 

 

この地が金印発掘の地ではないかと推測され、公園となっています。

 

 

金印の碑です。

実物は福岡市博物館に展示されている国宝・金印。後漢書東夷伝によれば、西暦57年、日本の奴国の王が、漢の光武帝に与えられたとされていたが、その実物が江戸時代にここ志賀島で偶然発見されたのです。

 

 

 

誰もいない。 寂しい公園だった。

でもこういう誰も来そうもない場所に来て悦に入る、ってのもいいもんですよね。

 

方位広場。志賀島中心に古代の東アジア秩序が一望できる。なるほど。

 

奴国は福岡平野にあり、志賀島は弥生時代当時は本土と繋がってなかったそうなんですよね。なんで金印がこの島から出土したのか?謎は多いのです。

 

 

能古島(のこのしま)が見えました。

菜の花など花の名所らしいです。

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