太宰府、福岡寺社巡り【天満宮、大宰府跡、筥崎宮】

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目次

太宰府駅

受験生の神様「太宰府天満宮」を参拝していきます。まずは太宰府駅に降り立ちます。


雰囲気出てます。太宰府天満宮参道。


梅ヶ枝餅が名物ですね。美味しかったです。

太宰府天満宮

さあ、到着しました。

太宰府天満宮は、福岡県太宰府市にある神社です。菅原道真を祭神(学問の神様として有名)とする天満宮のうち、京都の北野天満宮とともに総本社とされています。

菅原道真は平安時代の貴族で、形骸化していた遣唐使の停止を進言した人です。

菅公・菅原道真

道真は藤原氏との権力闘争に敗れ都を追われ、大宰府の地で生涯を終えました。尊称として「菅公」とも呼ばれます。学生服のカンコーのブランド名はここから取られています。

学生服(画像はイメージです)

本殿

いよいよ本殿に到達です。

桃山時代の造営。重要文化財です。

本殿右手前が「飛梅」ですね。

大宰府へ赴くため都を発つ菅原道真が、庭先に立っている梅に対して「東風(こち)ふかば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と歌いました。この梅は道真を追って、一夜のうちに飛んでやってきたそうな。このエピソードにちなんで飛梅と呼ばれます。

絵馬、絵馬の嵐!太宰府天満宮は受験生の神様。(北野天満宮、防府天満宮とあわせて「三大天満宮」ともいうとか)

頑張れ!受験生(画像はイメージです)

例年、受験シーズンには参拝者が殺到します。頑張れ!受験生!

九州国立博物館

太宰府天満宮の敷地に、2005年に開設されたのが、九州国立博物館です。

東京・京都・奈良の3つの国立博物館が美術系博物館であるのに対して、九州国立博物館歴史系博物館として設立されました。アジアとの交流史もテーマのひとつです。見応えありました。

博多祇園山笠の飾り山笠が展示されていました。

ちなみにこれは大宰府政庁模型です。こんなに華やかだっったんですね。

南門の模型です。

水城(みずき)の跡から出土した木樋です。

水城の模型です。663年の白村江の戦いで、日本は唐・新羅連合軍に敗れたため、本土防衛のため、筑紫国に水城を築城しました。

大宰府政庁跡

大宰府政庁跡に来てみました。博多駅からバスが出てました。

大体30~40分くらいで着きました。

大宰府(だざいふ)とは7世紀後半に、九州に設置された地方行政機関のことです。九州地方の統括と、古代律令国家の外交・防衛の最前線として重要な役割を担い、与えられた権限の大きさから、「遠の朝廷(とおのみかど)」とも呼ばれていました。

大宰府政庁跡は、その中枢施設があった場所で、現在は史跡公園として整備されています。

都督府跡の石碑がありました。

政庁跡にある展示館で、ガイドの方が詳しく説明してくれます。

↓これは大宰府展示館に展示されている博多人形(パンフ撮影)。

上の博多人形は730年に開かれた「梅花の宴」の模様です。梅はシナ大陸から入って来たばかりで、まだ珍しかったそうです。一番左の紫の衣の人が、当時の大宰府長官・大伴旅人(万葉集の編者・大伴家持の父)。その隣の赤い衣が、当時の県知事にあたる山上憶良。ご存知、貧窮問答歌の作者です。そしてその右隣のオレンジが小野老(おののおゆ)で、有名な「あをによし奈良の都は咲く花の匂うが如く今盛りなり」の歌を詠んだ人です。すごいメンバーの宴ですね。

これが、大宰府政庁跡にある小野老の歌碑です。なるほど!あの歌は大宰府で、遠く離れた都を思って詠んだ歌なんですね。

観世音寺

大宰府政庁跡のそばに由緒ある「観世音寺」があります。そこも観光してみました。

『源氏物語』にも登場する観世音寺は、天智天皇が発願されたもので、80年後の聖武天皇の御世の746年に完成しました。古くは九州の寺院の中心的存在で、たくさんのお堂が立ちならんでいたそうです。

雨が降ってます。

現在の講堂は江戸時代の再建だそうです。

雨のせいか寂しげに見える。

かつては五重の塔が立っていたようですね。

国宝「梵鐘」です。

奈良時代初期のものと伝えられます。

この梵鐘はその古さに於いても優秀さにおいても、正に日本一と称されています。

菅原道真公の「都府楼は纔(わず)かに瓦色を看る 観音寺は唯(ただ)鐘声を聴く」とあるのはこの鐘の事だそうです。

博多町家ふるさと館

福岡市中心部に戻ってきました。櫛田神社(くしだじんじゃ)に行こうとして、途中「博多町家ふるさと館」というところに立ち寄りました。

城下町の「福岡」に対して、港町の「博多」は町人の町です。

博多は伝統工芸品の町でもあります。博多織の実演が行われていました。いい感じですね。

また博多人形も有名ですね。素晴らしい艶やかさです。

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櫛田神社

櫛田神社(くしだじんじゃ)に到着しました。

櫛田神社は、博多駅からは地下鉄空港線などでアクセスできます。最寄り駅は祇園(ぎおん)駅ですね。

この神社は、古くから博多の総鎮守として信仰を集めている神社です。地元の人々からは「お櫛田さん」と愛称で呼ばれています。博多どんたく博多祇園山笠などの祭事をおこないます。

それがドンタク(お祭り騒ぎ)、それがドンタク(お祭り騒ぎ)、

七日に一日は仕事もお休みさあ〜は〜は〜

(サディスティックミカバンド「どんたく」)

境内には、祭り期間中にしか見ることができないはずの博多祇園山笠の飾り山が、唯一常設されています。

キャナルシティ博多

この後、なぜかキャナルシティ博多(博多と天神の間にある巨大な複合ビル)内の「ラーメンスタジアム」に寄って、晩飯を食べました。

筥崎宮

さて別の日ですが、筥崎宮(はこざきぐう)にも参拝してきました。地下鉄箱崎宮前駅から徒歩3分くらいです。

雨の日でした。

筥崎宮は、京都の岩清水八幡宮、大分の宇佐八幡宮と並ぶ日本三大八幡宮に数えられるそうです。

この石垣は元寇防塁を移築したものです。

手前は蒙古軍船の碇石です。

この神社は、元寇と大きな関係がある神社なのです。

楼門・伏敵門

敵国降伏! 目立ちますね。この敵国とは「元(蒙古)」のことです。

この扁額は、元寇の際に安寧を祈願した亀山上皇のご自筆の模写と言われます。ちなみに、敵国降伏とは、力による敵の殲滅などではなく、徳の力によって敵を降伏させる、というものです。

亀山上皇の銅像は、福岡市東公園にありますが、彫刻家・山崎朝雲による原型木像が筥崎宮にも展示されています。亀山上皇は第90代の天皇で、鎌倉時代の元寇の際、「身を以って国難に代わらん」として全国の社寺に国家の安泰を祈願されました。

亀山上皇銅像は、明治時代に元寇撃退の偉業を顕彰するために作られました。

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