名古屋城巡り

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名古屋は歩道も車道も広くていいですね。

東京みたいな圧迫感がない。

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モーニング喫茶リヨン

さて名古屋の朝食といえば、モーニングですね!

このお店は何時に来てもモーニングを頼める「モーニング喫茶」だそうです。

ドリンクを頼むと、もれなくモーニングとしてサンドが付いてきます。

小倉あんサンドを頼みました。うまか!

さて腹ごしらえも終了。2日目はバスを使って観光していきます。

名古屋城

まずは何はともあれ名古屋城に行かないと!

名古屋城は徳川御三家筆頭の尾張家の居城として、徳川家康の命によって建造されました。

初代藩主は尾張義直。徳川家康の九男です。

東門から入場していきます。

二の丸東庭園です。

ここは旧那古野(なごや)城跡です。那古野の古城は、1520年代に今川氏によってこの地に建築された後、織田信秀(信長の父、策士として有名)によって奪取されました。

信長が清州に移ってのち、廃城になってしまったそうです。

なんか見えてきましたw

「清正公石曳きの像」です。1609年に発せられた名古屋城普請には、全国の大名が動員されました。

中でも築城の名手・加藤清正は、自ら巨石の上に乗って陣頭指揮をとったそうな。

東南隅櫓です。

名古屋城本丸御殿

ここはどうしても来たかった。名古屋城の本丸御殿です。

本丸御殿とは、尾張藩主の住まいです。殿様というと、なんか天守閣に住んでるイメージがありますけど、実は本丸御殿が住まいなんです。またのちには将軍が上洛する際の、お成り御殿として利用されるようになりました。

本丸御殿は1615年に徳川家康の命によって建てられました。この年は豊臣氏滅亡の年。いわゆる「元和偃武」の年です。

しかし1945年5月14日の名古屋空襲で天守閣もろとも炎上してしまったのです。

↓アメリカ軍の焼夷弾攻撃で炎上する名古屋城天守閣。

その「本丸御殿」が2009年からの復元工事によって、現代に復活しました。前回来た時はまだ工事中だったので、楽しみです。

おっ!見事な障壁画ですが、これはデジタル複製品だとか。

高精細にスキャンして、実物大にプリントしたもの。

下地の金箔などは本物だそうです。

ここは玄関・一の間、二の間です。

実は障壁画の多くは、名古屋空襲直前に取り外して倉庫に避難していましたので、無事なものが多かったのです。

ここからは表書院です。

藩主と来客・家臣の公的な謁見の間として使われました。

奥に見える上段の間が藩主の座ですね。

ここは対面所です。

藩主と家臣たちの私的な対面や宴席として使われました。

ここは上洛殿につながる鷺の廊下です。

将軍や藩主が通る廊下だけあって、見事です。

上洛殿です。3代将軍家光の上洛にあわせて造営された、最も格式の高い部屋です。

将軍のお成りの間ですからね、さすがの意匠です。

名古屋城天守閣

天守閣です。

残念ながら、耐震化の修理中だそうで、入場観光は出来ませんでした。

エレベーターがありますね。

外観のみです。

現在の天守閣は1959年の再建です。

焼失前の名古屋城の天守と本丸御殿です。

さすが国宝。

戦後、市民の寄付によってその威容は復活しました。

手前は西南隅櫓です。

名古屋城の象徴・シャチの実物大です。

正門から退出しました。

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