トラムに乗って、ローマの下町トラステヴェレ地区にやってきました。
トラステヴェレは「テヴェレ川の向こう側」という意味です。
サンフランチェスコ・ダッシジ・ア・リーパ教会
まずはサンフランチェスコ・ダッシジ・ア・リーパ教会にやってきました。
ちょっと小さめの教会です。
現在の教会は17世紀の後半につくられました。
この教会が有名なのは、ベルニーニ作の彫刻があるからです。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」
暗くて遠くて、よく見えないし、よく写せなかった。もう少し早い時間に来た方が良かったですね。
生涯を貧しい人々のために尽くした女性・ルドヴィカ・アルベルトーニが今まさに天に召される瞬間ですが、官能的に刻まれています。この彫刻をベルニーニは80歳近い年齢で刻んだのです。
マールテン・デ・フォス「無原罪の御宿り」
1555年頃の作品です。
シモン・ヴーエ「聖母の誕生」
アントニオ・デッラ・コルニア「聖母被昇天」
トラステヴェレの大通りの方に向かっていきます。
トレステヴェレは庶民的な下町です。
若者が夜に集まる街でもあります。今18時くらいですが、だいたい20時くらいから活気が出てくるようです。
サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会
サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会は4世紀半ばに完成された、おそらくローマの最初の公式教会堂と言われます。
ファサードのモザイクが見もの。「玉座の聖母子」は13世紀の美しいモザイクです。
後陣の12世紀のモザイク画「キリストと聖母」。
トレステヴェレの夜は活気づきます。
外国の若者の街らしく、落書きが多いですね。
DAR POETAに入って見ました。トラステヴェレのピザの有名店らしいですね。
大きくて食べきれませんでした。
噴水の広場のところで、ストリート・ミュージシャンのパフォーマンスやってた。
まるで夜祭の雰囲気で楽しい。
テヴェレ川です。遠くにサン・ピエトロ大聖堂が見えます。
夜のナヴォーナ広場
ライトアップされると一味違いますね。
もう遅いので宿に帰ります。
さて、翌朝もローマの街巡りをしていきます。まずは地下鉄でポポロ広場へと向かいます。
フラミニーノ駅です。
ポポロ広場
17世紀に建設された双子の教会が並びます。
フラミニアのオベリスクです。初代皇帝アウグストゥスがエジプトから持ち込みました。
ピンチョの丘はローマを眺望できるスポット。
これはポポロ門で、北からのローマへの巡礼者の入り口となりました。
サンタマリア・デル・ポポロ教会
その隣がサンタマリア・デル・ポポロ教会です。
ファサードは修復中ですね!
主祭壇です。
主祭壇に祀られる「市民の聖母」です。
チェラージ礼拝堂です。
アンニーバレ・カラッチ「聖母被昇天」
本来この礼拝堂はすべてアンニバーレが完成させる予定でしたが、別の仕事が入ったため中断。後任を引き受けたのはカラヴァッジョでした。
カラヴァッジョ「聖ペテロの逆さ磔」
アンニバーレの両脇をカラヴァッジョが飾ります。
キリストの一番弟子であるペテロは、キリストの気持ちを知るため、さらに苦しい逆さ磔を望み殉教します。
カラヴァッジョ「聖パウロの回心」
ユダヤ教徒サウロはキリシタン迫害のため、ダマスカスへ向かう途中に天からの光に打たれ、一瞬で回心します。そして名前をパウロと改め、聖人となっていきます。
キージ家礼拝堂です。ラファエロによって設計された礼拝堂です。
またラファエロは天井のモザイクの下絵も描いているそうです。
セバスティアーノ・デル・ピオンボとフランチェスコ・サルヴィアーティ「聖母マリアの誕生」
1555年の作品です。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ「獅子と預言者ダニエル」
獅子の洞窟に投げ込まれながらも、喰われなかった預言者ダニエルです。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ「ハバククと天使」
預言者ハバククの髪を天使がつまみ上げます。獅子の洞窟にいるダニエルに食事を届けるよう伝えています。
ロレンツェット「預言者エリア」
1540年頃の作品です。
ロレンツェット「預言者ヨナ」
1540年頃の作品です。
スペイン広場
この近くにスペイン大使館があるため、スペイン広場と呼ばれます。
手前がスペイン階段。奥にトリニタ・デイ・モンティ教会が見えます。
映画「ローマの休日」でオードリー・ヘップバーンがジェラートを食べた場所ですね。
有名な場面ですが、現在は階段の座り込み、飲食は禁止されています。警官がたくさんいて、座りそうな姿勢をした瞬間に、すごい勢いで注意されます。確かに座ってるやつはいない。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ「舟の噴水」
トレヴィの泉
ここも有名観光地です。
世界中から観光客が集まります。
中央には水の神ネプチューン(ポセイドン)。左右に女神を従えています。
「ローマへもう一度戻りたいなら、この泉で後ろ向きにコインを投げよ」という有名な言い伝えがありましたね。
コインはどこの国のものでもご利益はあるらしいですね。本当かね?
トレヴィでジェラート食べました。いくらローマでも今回食べ過ぎでしたと後で反省。
トレヴィといえば、映画「甘い生活」のアニタ・エクバーグの名場面を思い出します。ただし真似して泉に入ると高額の罰金を取られるそうなので真似しないよう。
ヘップバーン土産も買ってみました。
ローマを訪れてますますヘップバーンが好きになりました。銀幕の向こうで彼女たちは永遠に生き続けます。
ピエトラ広場です。
ここがモンテチトーリオ宮で、現在イタリア国会の下院として使われています。
サンタゴスティーノ教会
15世紀末につくられた初期ルネッサンス教会です。
ここも修理中です。
聖堂に入ってすぐ左手にカヴァレッティ礼拝堂があります。
カラヴァッジョ「巡礼者の聖母(ロレートの聖母)」
1605年作。巡礼者のもとに、突如聖母子が出現する瞬間ですね。
この巡礼者の汚い足の裏が、カラヴァッジョのリアリズムです。
ラファエロ「預言者イザヤ」
フレスコ画です。20世紀に修復されてラファエロの色彩が蘇ったそうです。
ラファエロの絵の下にはアンドレア・サンソヴィーノの「聖アンナと聖母子」の像が見えます。
ヤコポ・サンソヴィーノ「安産の聖母」
ローマの妊婦の信仰を集めている聖母像だそうです。お供え物が多く見られますね。
サン・ルイジ・ディ・フランチェージ教会
この教会はその名のごとく、ローマ在住フランス人のための国民教会だそうです。
修理中ですかね。
ブルボン王家の紋章が見えます。ちなみにこの教会の建設には、フィレンツェのメディチ家からフランス王家に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスが多大な援助をしています。
この教会の見所は何と言ってもコンタレッリ礼拝堂のカラバッジョのマタイ連作ですね。
カラヴァッジョ「聖マタイと天使」
カラヴァッジョ「聖マタイの召命」
1599〜1600年のカラヴァッジョの出世作です。発表されるや否や大評判となり、教会には人が押し寄せました。バロック芸術の幕開けと言われる記念碑的作品です。
右側で徴税人マタイを指差してるのがイエス。マタイはうつむいて金を数えてる男と言われています。
カラヴァッジョ「聖マタイの殉教」
1600年の作品です。
教会で説教中にフンドシの刺客に襲われた聖マタイ。
チャールズ・メリン「幼きキリストへの崇拝」
プラウティッラ・ブリッチ「フランスの聖ルイージ」
13世紀のフランス王で、ブルボン家の祖となったルイ9世を描いています。
なるほど。ジャンヌ・ダルク像があるのはフランスだからか。
ドメニキーノによる天井画です。
中央礼拝堂です。
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネ「聖母被昇天」
1589年作の主祭壇画です。
パンテオン
パンテオンにやってきました。
パンテオンは現存最古のローマ建築の遺構です。
初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近・アグリッパ将軍によって、紀元前25年に建てられたのが最初だそうです。
火災によって初代のものは焼失しましたが、紀元118年頃にハドリアヌス帝によって再建されたものが現存しているのです。
2000年近くもほぼ完全な姿を保っていることになりますね。恐るべしはローマン・コンクリートの耐久性です。
柱は16本あります。太さは4.5メートルあるそうです。
さあ、入場してみます。
クーポラは高さ・幅ともに、約43.3メートル。
直径9メートルの天窓が内部唯一の光源となっています。「パンテオンの目」と言われています。
ドームは上に行けば行くほど軽い構造になっています。
考え抜かれた設計で造られているので、2000年保つんですね。
天窓は日時計の役割も果たしていました。
これがラファエロの墓です。37歳の若さで死去したラファエロですが、死後ここに埋葬するよう遺言しました。
これは初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ二世の墓です。
ナヴォーナ広場
中央には古代ローマ時代のオベリスク(記念碑)がそびえます。
オベリスクを囲むのは「四大河の噴水」です。
この四体像はナイル川(アフリカ)、ガンジス川(アジア)、ドナウ川(ヨーロッパ)、ラプラタ川(南アメリカ)を表しています。
ナイル川の像がミステリアスな雰囲気なのは、水源が当時わかってなかったからだとか。
ラ・プラタ川の像です。
何かに怯えた様子ですね??
この像が顔を変なポーズをしている理由は、このサンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会によると言われます。この教会の設計はベルニーニのライバル・ボッロミーニでした。
ベルニーニとしては「ボッロミーニがつくった教会なんてすぐ倒れる。それを防ぐために私の像に防御のポーズを取らせてやるんだ」という嫌味のつもりだとか。ただしこのエピソードは事実ではないのです。なぜなら噴水は教会より早く出来ていたから。
こちらはガンジス川の像です。
ドナウ川の像です。
ネプチューンの噴水です。
ムーア人の噴水です。
カンポ・デ・フィオーリ広場
ナヴォーナ広場そばの青空市場にやってきました。朝市で有名な市場で、お土産を購入する場としてもオススメです。
野菜、果物、ワイン、オリーブオイルなどさまざまなものが売ってます。
Da Pancrazio
カエサルがブルータスらに刺殺された跡地にある(という説がある)レストランに行って見ました。
確かに雰囲気はある・・。
地下が古代劇場の跡だという噂を聞きました。
なるほどそれっぽいですね。
これがカエサルですね。長いローマ史の中でも最大のスターです。
「賽は投げられた」「ブルータス、お前もか?」などの名セリフで知られる英雄です。
カエサルは紀元前44年、元老院議員どもに散々に刺殺されました。「ブルータス、お前もか・・!」の名場面が再現されてます。
サンタンジェロ橋
最後の目的地はサンタンジェロ城です。ちょっと距離があるのでバスで移動します。
サンタンジェロ橋の入り口です。橋の左側の像は聖ペテロ。右側は聖パウロのようですね。
テヴェレ川にかかるサンタンジェロ橋は、サンタンジェロ城に向かっています。
まさに天国へ向かう橋。
「ローマの休日」ではこの川の水上のお店で、ヘップバーンたちが暴れたんでしたね。
サンタンジェロ橋には、左右に天使像が並んでいます。それぞれ聖遺物を持っています。
これらの天使像は、ベルニーニの工房で作られたものです。ベルニーニ本人が作った二体の天使像だけはレプリカだそうで、オリジナルはサンタ・アンドレア・デッレ・フラッテ教会にあります。
「聖骸布」を持つ天使。
これはキリストが磔刑に処せられた十字架。
これはキリストを突いた槍。
サンタンジェロ城
サンタンジェロ城にやってきました。
サンタンジェロ城は紀元135年、ローマ五賢帝ハドリアヌス帝が自らの霊廟として建設を開始し、139年に完成しました。またの名を聖天使城といいます。
サンタンジェロ城は、内部にも入場できます。
とりあえずてっぺんまで登っていくつもりです。
ローマ歴代皇帝の霊廟として使用されたのちに、中世では軍事施設として使用されました。
14世紀以降は歴代のローマ教皇によって要塞として強化され、また同時に牢獄や避難所としても使用されました。
確かに軍用だね。
1527年の神聖ローマ皇帝軍による「ローマ劫掠(略奪)」の際、ローマ教皇クレメンス七世ら3000人がこの城に立て籠りました。
クレメンス七世はメディチ家出身の教皇。しかし結局は暴虐の限りを尽くす皇帝軍に、なす術もなく降伏しています。
これは聖ミカエルの大理石像。16世紀にラファエロ・ダ・モンテルロが制作しました。
かつてはこの像がお城のてっぺんに聳えていました。
ゴールまでもう少しです。
16世紀のローマ教皇・パウルス三世の図書室です。
グロテスク模様の天井が美しい。ギリシャ神話を題材とした天井画が見られます。
テラスに到着しました。
サンタンジェロ城のテラスからは、ローマの街並みを見ることができます。
城の頂上の「大天使ミカエルの像」を近くから見ることができました。
18世紀に鋳造されたブロンズ像です。これは2代目のミカエル像です。
この剣を鞘に収めるポーズは、ペスト流行の終焉を意味するものとされました。
6世紀末にローマを襲ったペスト大流行の際に、時の教皇グレゴリウス一世がそう意味付けした故事に由来します。
サン・ピエトロ大聖堂が見えます。
大聖堂へは城壁の通路で移動できるのかな?映画「天使と悪魔」では移動してたね。
サンタンジェロ橋が見えます。
パウルス三世は本名がアレッサンドロ・ファルネーゼということから、アレクサンドロス大王など英雄たちを装飾壁画に使っています。
2世紀、ローマ皇帝霊廟時代の模型です。
この窪みの部分にハドリアヌス帝の像が置かれていました。像の大半は失われてしまいましたが、頭部だけはバチカン美術館に現存します。
なかなか見ごたえありました。
サン・ピエトロ大聖堂がまた見えた。
これで観光は終わり。晩ご飯食べて帰国の準備です。
ブォーノ!(うまっ!)
フィウミチーノ空港
いよいよ帰国の朝が来て、ローマともお別れ。フィウミチーノ空港に到着しました。
フィウミチーノ空港は別名レオナルド・ダ・ヴィンチ空港とも言います。
確かにレオナルドっぽいですね。
帰りもフィンランド航空でローマを発ちます。
ヘルシンキ空港
行きと同じくヘルシンキ経由でしたが、なんとヘルシンキは霙が降ってました。
フィンランドはムーミンの国。
ムーミンショップにムーミンカフェもあります。ヘルシンキから乗り換えて、成田へ。
機内で「アメリカン・スナイパー」見て号泣しました。2回目なんだけど。クリント・イーストウッドは、フォードやホークスと並ぶアメリカ男性映画の巨匠ですね。
成田国際空港
成田に戻ってきました。
成田エクスプレスに乗ってみたかったので、使ってしまった。
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