京都桜巡り【醍醐寺、仁和寺】

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久しぶりに京都にやって来ました。桜のお花見が目的です。

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目次

醍醐寺

まずは世界遺産の醍醐寺にやってきました。京都駅八条西口から京阪バスの直通便が出ていますので、利用してみました。でも30分くらいかかった。

桜素晴らしいですね。まだ満開ではなさそうですけど。

醍醐寺は、豊臣秀吉が晩年行った「醍醐の花見」でよく知られています。

三宝院

三宝院は醍醐寺座主が居住する本坊で、平安時代末期に創建されました。1598年の秀吉の醍醐の花見の際に整備されて、現在の姿となりました。

葵の間には葵祭の様子が描かれています。重文だそうです。

三宝院庭園は風情ありますね。この庭園の設計は秀吉自身がしたらしいですね!

出口付近の障壁画は宇和島出身の画家の浜田泰介さんが描かれたものだそうです。

20年くらい前に描かれた作品だそうです。

夜桜が美しい。

憲深林苑

三宝院の裏手に「憲深林苑」がありました。こちらもなかなかの眺め。

有料エリアもあるようです。

唐門

国宝「唐門」です。

朝廷からの勅使を迎える時だけに使用されました。近年修復され、桃山時代の姿を復活させました。

三宝院の庭園から見た反対側の唐門です。

西大門

これから伽藍エリアに入っていきます。まずは「西大門(仁王門)」です。桜とマッチしていていいですねえ。

秀吉の遺児 ・豊臣秀頼が再建しました。

その名の通り、お仁王様が。

清龍宮

いかにもの風格です。

応仁の乱で焼失後の再建らしいです。

金堂

醍醐寺の本堂である国宝「金堂」です。

豊臣秀吉が和歌山から移築したものだそうです。

本尊の薬師如来座像は、両脇の日光・月光菩薩立像とともに重文に指定されているそうです。

「真如三昧耶堂」です。

涅槃の像ですかね。けっこう新しい感じです。

五重の塔

国宝「五重の塔」が見えてきました。

創建は951年。京都府最古の木造建築だそうです!

賢帝として知られた醍醐天皇を弔うためにつくられました。

「観音堂」です。ここの観音様は子授け観音だそうです。

また西国三十三観音霊場の札所になっていて、行列ができてました。

弁天堂

弁天池をはさんで「弁天堂」です。素晴らしい。

無量寿苑

伽藍エリアの一番奥は「無量寿苑」という庭園です。

霊宝館

最後は「霊宝館」に立ち寄りました。貴重な仏像・絵画・書などが展示されてましたが、撮影は禁止でした。

水晶入りの仏様がすごかった。売店でせこく撮影。

霊宝館は枝垂れ桜が見応えありましたね。特に「醍醐大枝垂れ桜」は巨大でした。

醍醐寺を堪能しました。

京都駅八条口へのバスが1時間以上ないので、しょうがないので「ゆばうどん」でも食べて時間を潰します。

午後は(と言っても、もう2時半近い)世界遺産・仁和寺を目指します。ちょうど市営バスの発車のタイミングに間に合いました。

仁和寺

まず巨大な「二王門」がお出迎えです。

正面の左右には阿吽像が聳えます。

拝観受付(500円)を済ませて、まずは「御殿」の拝観をしていきます。

そもそも仁和寺の歴史は平安時代に始まります。888年に宇多天皇が完成され、天皇の譲位後も出家して仁和寺を住房とされました。以後、明治維新まで皇子皇孫が仁和寺の門跡を務める慣例となり、「御室御所(おむろごしょ)」の異名を持つようになりました。

御殿

まずは重文「本坊表門」から入ります。

御殿の襖絵が見事なものでした。白書院には、福永晴帆による松の絵が部屋全体に描かれます。

白書院の壺もすごいぞ。

白書院から南庭が望めます。

御殿はあちこち修理中のようでした。どうも台風の影響らしいですね。

こんな感じでしたよ。

「御室流華道」のお部屋かしら?仁和寺の門跡自らが家元となります。

「宸殿(しんでん)」です。内部は三室からなります。明治末から大正のはじめにつくられたそうです。

化粧材は全て木曽檜でつくられています。

襖絵や壁は、原在泉によって四季の風物が描かれます。

「黒書院」です。襖絵は堂本印象の手によるものです。

庭と池が美しいんですね。

五重塔も見えますね。

「霊明殿」は檜皮葺の屋根の上に見事な宝珠が飾られています。

ここには歴代門跡の碑が置かれます。

御殿を出て参道を歩きます。

重文「中門」が見えてきました。

中門をくぐると、一面に名勝「御室桜」があるはずですが?

みんな完全なるツボミ!!

遅咲きってのは本当だったんですね。4月も2週目ぐらいにならないとダメだそうです。

その代わりにミツバツツジが綺麗です。

重文「五重の塔」

修理中?

なるほど台風の爪痕がまだ残ってるんですね。いたましいです。

国宝「金堂」

慶長年間に造営された御所・紫宸殿(ししんでん)を、寛永年間に移築したものです。

江戸時代初期の宮殿建築を今に伝える貴重な建築と言われます。

重文「経蔵」です。

これも江戸初期のものです。

重文「鐘楼」です。

重文「御影堂(みえどう)」です。御門も立派ですね。

お堂も風格あります。江戸初期の御所・清涼殿の一部を移築したものだそうです。

重文「観音堂」です。

これも江戸初期のものです。

御殿も五重の塔も修理中。御室桜は時期尚早(1週間早かった)と、残念なところもありましたが、また懲りずに来たいと思います。

三条小橋から高瀬川の桜をライトアップ。なかなか素敵ですね。

またこの橋にとある碑がありました。佐久間象山、大村益次郎遭難の碑・・・の道標ですか?

幕末動乱期、我が国最高の頭脳の二人は、いずれも京都でテロに遭います。佐久間象山も大村益次郎も、みんな京都でやられた。

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