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日本三景巡り 広島県・宮島【厳島神社】

広島県もう一つの世界遺産・宮島の厳島神社に行ってみます

天気予報は雨だったので、行くつもりはなかったんですけどね。晴れたし、また広電「原爆ドーム前」から一本で行けるらしいので、行ってみようと思います。

広電宮島口駅

広電宮島口駅に到着しました。

さあこの後はJRフェリーにて、宮島に渡ります。

 

かきの養殖の筏かな?

かき食いたいですね。

さあ遠くに赤い鳥居が見えてきましたよ。

無事宮島に上陸!

 

参道には宮島名物の鹿さん達もいます。人に慣れてるなあ。

 

平清盛の像です。日宋貿易を行った清盛は瀬戸内海航海の安全を祈願し、厳島神社を整備した人物です。

 

 

世界遺産「厳島神社」ばかりクローズアップされますが、そもそも宮島は「日本三景」の一つです。

まず腹減ったので、焼きがきに釣られてお店に入りました。かきめし注文します。

牡蠣がプリプリで美味しかった!

 

 

厳島神社

さあ厳島神社を参拝していきます。

何はともあれ、まずはこの大鳥居です。

この大鳥居はクスの木で出来ています。高さは16メートル。現在のものは八代目だそうです。そのうち塗り替え修復が予定されているとか。

 

この鳥居の根元は埋められているのではなく、何と自力で立っています。何でそんなことが可能かというと、上部の鳥木という部分に、約7トンもの小石を入れて重みを出しているそう。

15年ぶりぐらいかもしれない。寝殿造の回廊がカッコいいんですよね。

厳島神社は、背後に聳える弥山を御神体として祀っています。12世紀に平清盛が当時の主流であった寝殿造を取り入れ造営しました。その後、焼失し、鎌倉時代に再建されています。

 

 

 

 回廊には色々小さな神社があるので、参拝していきます。

 

こちらは客(まろうど)神社です。

 

 

鏡の池です。

清水が湧き出でて、潮が引くと鏡のように見えるそうですね。

 

 

卒塔婆(そとば)石です。

卒塔婆というのは、お墓の後ろに立ってる経文などを書いた木片のこと。

鬼界ヶ島に流された平康頼が、母恋しさに歌を二首詠んで、海に流したところ、そのうちの一木がこの池の石に流れついたと言われます。

 

正面から大鳥居を写せるスポット。

鳥居のそばまで行ける舟も出てますね。

 

でも昔潮が引いてる時に来て、歩いて行って触ったこともあるからなw

↓むかし来た時に接近して撮った写真。

 

 

本殿の前には舞台があります。高舞台と言うのかな?

 

さあいよいよ本殿を参拝してみましょう。

 

お祓いされている方がいらっしゃるみたい。

 

 

 

大国神社です。

名前の通り、大国主命を祀ります。

 

能舞台です。

海の上の舞台なんですね。

 

反橋です。

かつては天皇の勅使のみ使われたことから、勅使橋とも言われたそうです。

 

無事に終了です。とても良かったです。

 

大願寺

大願寺です。

真言宗に属して、室町時代頃から厳島神社の修理・造営権を握って、神社を支えてきた存在だとか。

 

平和観音様です。

大願寺の九本松は、伊藤博文が植えたそうですね。

護摩堂には4メートル以上の不動明王像がありましたよ。残念ながら撮影禁止でした。

 

厳島宝物館です。外観だけ。

でも明治時代に交換した、大鳥居の根元材が屋外展示されてましたよ。

 

清盛神社です。

御祭司神はもちろん平清盛です。意外に最近の1953年の建立だそうです。

 

海岸沿い歩いて戻って行きます。

 

 

 

五重の塔

五重の塔です。厳島神社に属するようです。

1407年建立です。29メートルあるらしい。

禅宗様に和様を加えた造になっているそうです。

 

 

千畳閣です。五重の塔の真ん前にあります。

バカ広いので、こういう名がついたそうです。元々は太閤・豊臣秀吉が戦国武士達の霊を弔うために、1587年に安国寺恵顗に命じて造らせたそうです。

秀吉が途中で亡くなったために、未完で終わってしまったらしい。別名は豊国神社。

もっとも豊国神社を名乗れるようになったのは明治時代から。徳川時代に太閤秀吉を神格化することは禁じられていました。

元々仏像が置いてあったらしいですが、明治初年の廃仏毀釈の際に大願寺に移されたそうです。

 

広島名物としては「もみじ饅頭」ですかね。実演コーナーやってました。私も一つ買ってペロリ。

 

帰りはJRフェリーから広電という必勝パターンで帰りました。

 

jukensyakai.net

 


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