京都駅
さっそく観光していきます。

1日バス乗車券をゲットし、周っていきましょう。

西本願寺
さあ、拝観していきます。阿弥陀堂門から入場します。

西本願寺は1272年、京都東山に浄土真宗の寺院として創建されました。現在地には1591年、豊臣秀吉の寄進により大坂天満から移転しました。

京都市民からは「お西さん」の愛称でも親しまれています。

世界文化遺産にも登録されています。

阿弥陀堂
1760年建立。

ここが西本願寺の本堂です。

もちろん国宝。やたら壮麗です!

ところが内陣は修復中でした。

仕方ないので、2012年に来た時に撮影した様子をアップします。





渡廊下
御影堂へとつながります。


御影堂
1636年 建立です。

国宝。ただただ巨大です!

天水受けの足の部分を「天邪鬼」といいます。


「沓石(くついし)」は、木のように見えますが、石だそうですね。

上がってみます。

法要中でしょうか、中は厳粛な雰囲気です。

仕方ないので、2012年に来た時に撮影した様子をアップします。




「見真」とは親鸞上人のこと。明治天皇によるおくり名だそうです。



太鼓楼
太鼓楼は1865年から新選組が使用していたそうです。池田屋事件の翌年からですね。

新選組は境内で演習や狼藉を働き、門徒や僧侶を震撼させたとか。

唐門
なんと国宝・唐門は修復中でした。こんなんばっかりや。

仕方ないので・・(以下略)

日暮し眺めても飽きないとされることから「日暮門」の俗称があります。聚楽第の遺構とも伏見城の遺構とも推定されます。


経蔵です。

二条城
さあ、次は二条城へとバス移動します。東大手門から入場します。

二条城は1603年、徳川家康が京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするため築城したものです。

唐門
重文・唐門です。

1626年、後水尾天皇の「行幸」という歴史的イベントに際して、造営されました。

徳川秀忠、家光親子は天皇を「徳川の城」に行幸させることに成功したのでした。

さすがの絢爛な意匠です。

二の丸御殿
国宝・二の丸御殿です。書院造の代表例として日本建築史上重要な遺構です。

国内の城郭に残る唯一の御殿群として国宝に指定されました。

内部は残念ながら撮影禁止。

これだけはポストカード買ってしまいました。大政奉還が行われた大広間です。

1867年10月14日、江戸幕府15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返上することを申し出て、江戸幕府の幕は降ろされました。二条城は徳川の栄光も終焉も、両方見ていたのですね。

二条城・庭園
二の丸庭園です。


本丸・櫓門です。


本丸御殿は修復中です。

天守閣跡です。


天守からのながめ。

絶景ですねえ。




清流園という庭園です。



京阪電車で東福寺にやってきました。

東福寺
摂政九條道家が、東大寺と興福寺になぞらえようと「東」と「福」の字を取り、京都最大の大伽藍を造営したのが東福寺です。1236年より19年を費やして完成しました。

臥雲橋
東福寺の三大橋の一つです。

対面の通天橋が見えますね。


日下門から入っていきます。





愛染堂です。

通天橋
通天橋を渡っていきます。

開山堂を見に上がっていきます。

開山堂です。


手前の客殿は修復中です。

また通天橋に戻っていきます。


先ほどとちょうど正反対に来ました。

臥雲橋が見えます。

裏手には方丈が見えます。

本坊庭園
名高い方丈の庭園を見ていきます。

作庭家・重森三玲によって1939年に完成されたもので、鎌倉時代庭園の質実剛健な風格を基調に、現代芸術の抽象的構成を取り入れています。

SNS映えするとも言われる庭園を見ていきましょう。

東庭庭園です。

南庭庭園です。







西庭の市松です。





北庭の小市松です。



通天橋が見えます。

素晴らしすぎましたよ。

三門
国宝です。

足利義持による再建だそうです。



本堂(仏殿)
本堂は明治に燃えてしまい、昭和の再建です。

天井の「蒼龍図」は堂本印象によります。

東福寺は見どころたっぷり。想像以上に楽しかった。
泉涌寺
同じ最寄駅にある泉涌寺にも行ってみました。


楊貴妃観音堂
美しいと評判の楊貴妃観音を一度見てみたかった。



堂内は撮影禁止。堂の外からズームで撮影しました。

ポストカードを買ってみました。確かに気高い。

美人祈願のお守りもお土産に買ってみました。

身内の子がなんとか甲斐性のある男をつかまえられるように。
重文・仏殿


舎利殿


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