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小4上巻17回「低い土地のくらし」

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f:id:mejirorock:20210313015824p:plain 小4上巻17回

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濃尾平野関連の地名を覚えよう

今回は低い土地の暮らし、濃尾平野についてです。

昔(150年ほど前)は「都道府県」ではなく、「〜の国」という言い方をしていました。そしてその「〜の国」を治める武士による政府を「藩(はん)」と言いました。

例えば鹿児島県=薩摩国⇦薩摩藩が治めた。(有名な西郷隆盛は薩摩国に生まれて、薩摩藩の一員として活躍したんです)

今回の濃尾平野は2つの県にまたがっているので、複雑です。(こまかく言うと、三重県にも広がっています)

 

濃⇨美濃(みの)国=岐阜県

尾⇨尾張(おわり)国=愛知県

 

 

平野などの地名は、昔の国名がそのまま使われている場合があるので、テキストに出てくるごとに、一つ一つ覚えていきましょう!(讃岐=香川、越後=新潟など)

 

さて次は「濃尾平野」関連の地名をまとめて覚えていきます。

いびきかきながら、競うのび太は威勢(いせい)がいい」と暗記します。

 

↑いびきをかいて爆睡しながら、夢の中では「デキスギくんと競って勝つ!」といせいのいいことを考えるのび太くんを想像しよう。

A⇨いびき=揖斐(いび)川

B⇨ながら=長良(ながら)川

C⇨きそう=木曽川

D⇨のび太=濃尾平野

E⇨いせい=伊勢湾

 

揖斐(いび)川、長良(ながら)川、木曽川をまとめて木曽三川(きそさんせん)と言います。

低い土地の濃尾平野に、3本もの川が入り乱れて流れてたのだから、水害も起こりやすかった。そこで輪中などの工夫が必要になったのです。

 

江戸時代に、濃尾平野の堤防整備という難しい工事を行ったのは薩摩藩です。薩摩藩は80余名もの犠牲をはらって、この工事をなしとげました。

 

↓鹿児島市内にある「薩摩義士碑」で、この工事の犠牲者をとむらっています。

今も、岐阜県と鹿児島県の友情は続いています。