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小5下巻11回「江戸時代(2)」

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f:id:mejirorock:20210313015824p:plain 小5下巻11回

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来年以降の改訂に期待

今回の内容は特殊で、江戸時代の「文化・産業・交通」というもの。

私見ですが、シリーズ下巻のこの構成は本当にロクでもないと思います。なぜかというと、このせいで12回が徳川吉宗から始まり、西郷隆盛で終わるという、超重い内容になってしまうから。

はっきり言って文化史や経済史なんかはサラッと流して、総合回で覚えりゃいいんです。でも12回は全て政治史だから、飛ばすところがない。覚えまくらないといけない。(全面改訂される来年は構成を再考してほしい)

小6上巻2回と並んで、小5下巻12回は超きつい回ですので頑張りましょう。

さあ、まずは11回です。

 

江戸時代の交通

江戸時代は参勤交代や各地の産物が輸送されたりしたため、陸上交通が発達しました。江戸の(日本橋)を起点とする五街道が整備されていきます。

 

東海道(江戸~京都)

 箱根の関所では、きびしい取り調べがあります。特に「入り鉄砲に出」 はきびしい取りしまりがありました。また大井川のような大きな川には橋がかけられませんでした。

 

箱根の関所における「出女」のチェック!女の人の嫌そうな顔がすごいです。

 

甲州街道(江戸~甲府(山梨)~下諏訪(長野))

徳川将軍家はもし江戸城が陥落したら、甲府に逃げる選択肢を持っていました。そのための街道整備の意味もありました。また甲府逃亡を協力させるために、多摩地区の統治は緩くして多摩地区の住民の徳川への忠誠心を強めました。だから多摩出身の新選組・土方らは最後まで旧幕府軍と運命を共にしたのですね。

甲州街道・日野宿の本陣。本陣とは街道沿いの宿場で、大名など身分の高い者が利用しました。

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日野宿本陣は都内で現存する唯一の本陣建築です。

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土方歳三が昼寝をした部屋↓

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中山道(江戸~大宮(埼玉)~高崎(群馬)~下諏訪(長野)~関ヶ原(岐阜)~草津(滋賀))

内陸ルート。幕末に皇女・和宮が徳川将軍家に輿入れする際に、このルートが使われました。京都からの空前の大行列に箱根越えは不可能だったためです。

 

日光街道(江戸~幸手(埼玉)~古河(茨城)~宇都宮(栃木)~日光)

世界遺産にもなっている日光の社寺への参詣にも使われます。

 

奥州街道(江戸~宇都宮(栃木)~白河(福島))

江戸時代の郵便屋さんが飛脚です。

 

 

海上交通では、蝦夷地から昆布やニシンを積んだ北前船が、東北の穀倉地帯(最上川河口の酒田港などが重要)を経由して、瀬戸内海まわりで大阪・江戸に至る西廻り航路が重要です。

酒田市の日和山公園で見られる「北前船」の模型です。

津軽海峡まわりで江戸に至る東廻り航路は、太平洋の荒波の危険性が嫌がられ、あまり発達しませんでした。

 

農具は図版で

備中ぐわ・・深く耕すことができます。備中(岡山県)松山藩で開発されました。

千歯こき・・稲穂の束をこすって、脱穀します。

唐み・・ハンドルで風力を起こし、その風でもみがら、玄米、チリを選別する道具です。

農具は必ず絵資料で出題されます。機能とともに押さえておこう。

 

文化は2つ。地域と絵画資料を押さえる

さすが260年も続いただけあって、江戸時代は大きな文化が2回もあります。
 
元禄文化・・江戸初期、上方(京阪)中心
 
覚え方は「いちまつ、ひしっ!」と覚えます。
い・・井原西鶴・・浮世草子(町人小説)の作者。
ち・・近松門左衛門・・人形浄瑠璃・歌舞伎のシナリオライター、心中物でヒット。
まつ・・松尾芭蕉・・俳諧の大成者。「奥の細道」が代表作。
ひしっ!・・菱川師宣・・浮世絵の創始者。
ご存知「見返り美人図」は、肉筆画で「東京国立博物館」で見ることができます。
 
化政文化・・江戸後期、江戸中心、皮肉や滑稽を楽しむ。
もうこの時期(19世紀前半)になると、江戸が100万都市となり、京阪を凌駕します。都市住民対象の出版物(読み物、版画など)が大量生産され、大衆文化が開花していきます。
 
葛飾北斎「富嶽三十六景」・・赤富士や「神奈川沖浪裏」などは見たことあるはず。
 
 
歌川広重「東海道五十三次」
左側は広重の「名所江戸百景」と、右側はゴッホによる模写。
浮世絵はフランスの画家たちに衝撃を与え、「ジャポニズム」ブームを巻き起こします。モネやゴッホら多くの画家が、日本絵画の影響を受けました。ゴッホが南仏アルルに移住したのも、日本の面影を求めたためです。(ゴッホは日本を「南国の楽園」のようなイメージで思い込んでいた)
 
両方とも、「町人文化」というところが特色。17〜19世紀の時代に、非支配者層の文化がこれほど開花した国も珍しい。
歴史学の世界では、「江戸時代暗黒史観」というものが長く存在していました。「農民は生かさず、殺さず」とか言われてね。しかし近年の研究で、(特に天領では)かなりゆるい統治で、民衆本位の「善政」が行われていたことがわかってきています。
 
この時期は地球の寒冷期にあたり、各国で大飢饉→民衆大反乱→革命などの混乱を招いています。フランス革命が一番わかりやすい例ですね。日本でも東北中心に飢饉は起きたものの政府転覆にまで至らなかったのは、幕府・各藩が民衆の貧苦に配慮して徴税などに手心を加えていたためです。各藩としても下手に一揆など起こされては、幕府に取り潰される危険性があったため、財政が苦しい中でも苦慮していたようです。