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小5下巻12回「江戸時代(3)」

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f:id:mejirorock:20210313015824p:plain 小5下巻12回

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前回記事でも書きましたが、12回は「死の回」で、覚えることが山ほどあります。ゆえに問題も多くせざるをえませんでした。大変だと思いますが、組分けで少しでも高得点をとるためにはやむを得ない措置でした。

 

江戸は政権担当者を漢字1字でキャラづけしよう

清水寺で年末に、その年を象徴する漢字1字を発表してますよね。「絆」とか。あれを真似して、江戸時代を人物ごとに整理していきます。

江戸の政治史は政権担当者の流れで見ていきます。人物ごとに漢字1字でキャラづけして、整理していきましょう。

 

8代将軍・徳川吉宗「米」しかないw

紀州和歌山藩から40代の働き盛りで、将軍の座をゲットしました。早速新井白石ら前政権の一派を一掃し、将軍自らによる親政を行います。これを「享保の改革」と言います。「米価」の動向に心を砕いたことから「米将軍」と呼ばれました。

 

 

老中・田沼意次「金」かな。または「株」でもいい。

とにかく田沼というと、ワイロ政治でカネまみれのイメージが強いですね。老中の時に「天明の大ききん」「浅間焼け」などがあったことから、「世の中が乱れるのは、すべて田沼が悪い」みたいな世論が醸成され、当時から人気のない政治家でした。

ですが、吉宗にくっついて紀州からやってきた小役の家柄から大名になり、老中にまで昇りつめたのは、この人物の並々ならぬ才覚を示すものだと思われます。

同業者組合の「株仲間」を認めたことも、商業資本家との結託!みたいなイメージで、不人気の原因となりました。ですが、時代の移り変わり(百姓の時代⇨商人の時代)を見極め、最も富裕層になりつつあった商人から課税する手段を探ったという意味で、再評価されつつあります。

 

老中・松平定信「学」かな。

その田沼の政敵であったのが松平定信です。徳川吉宗の孫ですからエリート意識はすごい。徳川定信として、将軍職を望んでいたとも言われます。それが白河藩に左遷された。これは田沼の陰謀だ!と復讐の鬼となるわけです。そして田沼派との壮絶な政争に勝ち、わずか30歳そこそこで老中として、「寛政の改革」を行います。

不人気政治家の田沼の後に来たので、老中就任当初の人気は高く、期待値もすごかった。ちょうど2008年の民主党・鳩山政権みたいな感じかもしれません。

ただこの人自体、相当な教養人なので、学問へのこだわりが強かった。朱子学以外を幕府の学問所で教えることを禁じ、文武を奨励します。祖父の吉宗は蘭学を解禁して、日本の近代化の萌芽を開いたのにね。

そしてだんだん民衆は、定信の統治に息苦しさを感じるようになります。有名な狂歌「世の中に蚊ほどうるさきものはなし 文武というて夜も寝られず」とか「白河の清きに魚も住みかねて もとのにごりの田沼恋しき」などと歌われるようになってしまいます。しかし昔の人の皮肉のセンスってすごいねw

結局定信は11代将軍家斉を小僧扱いして、くどくど言ったことが煙たがられたのか、わずか7年ぐらいで政権の座を追われてしまいます。

 

 

老中・水野忠邦「株×」かな。

唐津藩⇨浜松藩から老中となり、「天保の改革」を行います。でもほとんど水野忠邦の政策って目立った成果がないんですよ。2年ぐらいで失脚してるし。

内容としては、田沼「重商」政策⇨水野「重農復古」政策みたいに、田沼と対比して理解するのがいいんではないでしょうか。田沼の逆をイメージするとわかりやすい。「江戸幕府はあくまで百姓から徴収する年貢を基とする農業政府である」ことを志向している感じです。だから「株仲間の解散」を命じますし、農村で食えなくなって都市住民となった連中を「人返しの法」で帰農させたりします。ただやはり時代の流れに逆行するような政策は、長くは続かない。

 

15代将軍・徳川慶喜「返」かな。

これはわかりやすいですね。政権を返すってこと。慶喜は1867年「大政奉還」を行い、政権を朝廷に返上しました。ただ恐ろしく頭の切れる人ですから、実際に政権を返すと言っても京都は何もできないだろう、結局は徳川に頼らざるをえなくなる、とか色々計算していたんだと思います。武力倒幕をするつもりだった薩摩・長州の機先を制した感じです。焦った西郷・大久保は「王政復古の大号令」で、徳川の官位や領地を没収するという挑発を行い、事実上の倒幕戦である「戊辰戦争」を強引に引き起こしていきます。

 

ちなみに今回の政治の流れは「きたか!おでん」で覚えます。△のものはいわゆる三大改革です。「か」と「お」の間は、50年空いてて世紀も変わるので、間は離れています。

18世紀>>>>>

享保の改革

田沼の政治

寛政の改革

19世紀>>>>>

大塩平八郎の乱

てん天保の改革

大塩の乱と天保の改革はセットで出されることが多いんですよね。

 

 

今回の歴史年代暗記法

① 徳川吉宗が将軍になり、享保の改革が始まったのは何年か。→1716(いきなヒーロー吉宗登場)

 

② 松平定信が老中になり、寛政の改革が始まったのは何年か。→1787(いきな花咲く寛政改革)

 

③ 大塩平八郎の乱が起きたのは何年か。→1837(いやみな幕府倒せ大塩)

 

④ 水野忠邦が老中になり、天保の改革が始まったのは何年か。→1841(人は良い人水野忠邦)

 

⑤ ペリーが浦賀に黒船4隻で来航したのは何年か。→1853(いやでござんすぺりーさん)

 

⑥ 大政奉還が行われ、江戸幕府が滅亡したのは何年か。→1867(いやだろうな、慶喜さん)